日本でも、昔は台所やトイレ、お風呂場など、暮らしのあらゆる場面で用いられていたタイル。
防水性や耐久性といった機能面はもちろん、色や柄の美しさも秀逸で、昭和の時代には魅力的な手づくりのタイルがたくさん生産されていたとか。
素材技術の発展や生活様式の変化などにより、現在では目にする機会が減少しつつあるタイル空間。
その素晴らしさを、世界の歴史を重ねながら、実際に観て、感じて、学ぶことのできる場所があると知り、やきものの街・常滑にある『世界のタイル博物館』へ行ってきました。
世界のタイル博物館 INAX TILE MUSEUM
INAXライブミュージアムにある6つの館のうちのひとつ「世界のタイル博物館」。
タイル研究家・山本正之氏が、常滑市に寄贈した約6,000点のタイルを中心に、紀元前から近代まで、7,000点を越える装飾タイルを収蔵・一部を常設展示するほか、各時代の代表的なタイル空間を再現している。
旅するように巡って、タイルの歴史と魅力を実感できる「世界のタイル博物館」。
とりわけ印象的だったイスラームのドーム天井を傘のデザインに。
オリエンタルな雰囲気と繊細で美しい色やデザイン、ぷっくりとした立体感もイラストで再現しました。
「世界のタイル博物館」とは? 主任学芸員の後藤 泰男さんにお話を聞きました!
やってきたのは愛知県常滑市。
急須や茶碗などが有名な「常滑焼」の産地で、招き猫の生産量でもトップクラス。
大正時代には上下水道などに用いられた土管を生産し、日本の近代化を支えました。
「世界のタイル博物館」があるINAXライブミュージアムには、当時の窯と建物、煙突を保存・公開している資料館があり、近代窯業の様子を貴重な資料と映像で観ることができます。
ーはじめまして後藤さん。INAXライブミュージアムは、とても広いですね!
「『窯のある広場・資料館』をはじめ、『世界のタイル博物館』など、全部で6つの館があります。緑豊かな屋外空間で季節の草花に癒やされながら、土とやきものの歴史や文化、その美しさや楽しさを実感してもらえる場所なんですよ」
ーそのうちのひとつ、『世界のタイル博物館』はどんな施設なのですか?
「タイル研究家の山本正之さんが常滑市に寄贈されたコレクションを中心に展示しています。世界中で集められたタイルを、歴史や世界情勢に照らし合わせて観て学び、タイル文化の誕生から発展していく過程を知ることができます。今回主に紹介するのは、2007年のリニューアルを機に常設された1階の展示スペース。装飾壁の原点であるメソポタミアから、世界最古のタイルとが生まれたエジプト、そしてイスラームのドーム天井にオランダ、イギリス、日本まで、2階に展示される山本コレクションと同様に歴史と人々の暮らしを感じながら楽しんでいただけます」
目と心を奪われる「イスラームのタイル天井」
ー館内を歩いているだけで、時空を旅しているような気持ちになりました。
とくに、「装飾の宇宙」と題されたイスラームのタイル張りドーム天井は圧巻。
真上から照らされるひかりは、太陽と同じように時間によって明るさが変化していくんですね。空間に包み込まれるような造形とBGMが、とても心地よかったです。
「フェリシモさんと一緒に作った傘のモチーフになっている場所ですね。中近東に見られるドーム建築の内部に広がる幾何学的なタイル装飾を、試行錯誤の末に復元しました。
幻想的な光と音の調和により、いっそう神秘的な空間に再現できたと思います」
ー天空を成す幾何学模様が印象的です!
「八角形のドーム天井に、大小約5万枚のタイルを張り付けています。複雑に見えるけれど、使っているのは12種類の形と7色のピース。これらを組み合わせてパターンを作り、それぞれに異なる色のタイルを置くことで、無限の色彩パターンが生まれます。実際にドーム状に再現しようとすると難しく、いくつかのパターンを並べるだけでは単なるパッチワークになってしまう。天球の中心に向かって弧を成すパターンと法則を見つけるまでに時間を費やしましたが、かつて定規とコンパスだけで模様を描き、計り知れない手間と苦労の末に素晴らしいタイル装飾を残したイスラームの人々になった気分で取り組めた、かけがえのない経験でした。そのときに作った模型は、今でも大切な宝物です!」
ー後藤さんも施工に参加されとか
「もちろんです! そんな楽しいことを、ほかの人に任せっきりにはできないですよ(笑)」
ー今回コラボさせていただいた傘には、どんな思いがありますか?
「実は当初から、タイル天井を再現した傘を作ってみたい気持ちがあったんですよ」
ーどちらも曲線的な形状で親和性がありますよね
「だからといって簡単ではなかったと思いますよ。今回の傘に関しても、幾何学模様のパターンを成す円の中心や接点などについては、ドーム天井を作る時と同じようにこだわり、事細かに意見させていただきました。
どんなものでも再現するうえで大切なのは、そのもとになっているものを手がけた人や時代に寄り添うこと。
デザインをコピーするだけではダメなんですね。商品を担当されたプランナーさんは大変だったかもしれませんが、色も柄も素晴らしい傘に仕上がっているので、自分用にはもちろん、娘にもプレゼントするつもりです」
昔を知って、未来を語る
ー知れば知るほど奥深いタイルの世界。その歴史は長く、古くは紀元前2700年前ごろにまで遡るとか。後藤さんにとってタイルとは?どんなところに魅力を感じているのですか?
「学生時代は化学を専攻しファインセラミックスを専門に学んでいたのですが、タイルというトラディショナルなセラミックスを扱う中で、古代エジプトのタイル製造技術が現代の最先端の技術に近いことを知って、ものすごい衝撃を受けたんですね。
それからはずっと夢中で、中東やモロッコ、スペインなど、タイルをめぐる旅を続け、気がつけばライフワークに。その魅力は、語り尽くせないほどありますが、あえてひとことで言えば『色あせないこと!』。
色があせないと同時に、手作りであろうが、機械生産であろうが、作り手や関わった人々の込められた思いがあせることなく残っている。だから、何十年、何百年たっても、タイルで彩られた空間に立つと、私たちは感動するし、後世に伝えたいと感じる。それこそが、タイルの魅力だと思っています」
ーこれから先もタイルが愛されるには、どうしたらいいと思われますか?
「タイルに限ったことではないけれど、製品に作り手の思いをこめることが大切ですよね。
なんでも機械で大量に生産される時代だからこそ、ものづくりに情熱を。かたちがなく目には見えない気持ちこそが、失われゆくものや文化を守る礎(いしずえ)になると信じています」
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